何が起きた?
リニア中央新幹線の品川駅・名古屋駅の新設工事では、営業中の鉄道や駅施設の直下に地下駅を造るという、非常に難しい工事が予定されていました。
発注者は、大手建設会社4社を指名し、技術提案や見積価格を比較して受注者を選ぶ方式を採用しました。
ところが、4社の幹部らは、工区ごとに受注を目指す会社を決め、その会社が受注できるように協力する方針を共有しました。さらに、発注者へ見積書を提出する前に、受注予定会社の見積価格などの情報を他社へ伝え、それを踏まえて各社が見積金額を調整していました。
問題になったのは、建設会社同士が協力して工事を施工すること自体ではありません。本来は発注者が比較するはずだった受注先や価格について、競争する側の企業が事前に調整していたことです。
争点は何?
独占禁止法は、複数の企業が共同して互いの事業活動を拘束し、その結果、一定の取引分野における競争を実質的に制限する行為を『不当な取引制限』として禁止しています。
条文の参照:渡辺惠理子裁判官の補足意見1(8頁、独占禁止法2条6項・3条後段の引用)。
本件では、受注調整の合意があったかどうかだけでなく、さらに根本的な問題が争われました。
そもそも、この工事をめぐって『競争』は存在していたのか。
被告人側は、本件工事は類例のない大規模・高難度の工事であり、実際に施工できるのは、発注前から長期間にわたって技術的な検討を行っていた特定の会社に事実上限られていたと主張しました。
もし本当に、ある工区を施工できる会社が一社しかいなかったのであれば、他社が形式上、見積手続に参加していたとしても、そこに実質的な競争があったといえるのでしょうか。
出典:最高裁決定・理由3(5~6頁)。
『競争していない』=『競争がない』?
ここで注意したいのは、現実に激しい値下げ競争が起きていなかったからといって、それだけで『競争が存在しなかった』とはいえないということです。
なぜなら、企業同士が事前に受注先や価格を調整していれば、まさにその調整によって、表面上は競争が見えなくなっている可能性があるからです。
そこで重要になるのが、受注調整がなかった場合を考えることです。
各社は、この工事に必要な技術や人員、設備を持っていたのか。類似する工事の経験はあったのか。専門業者や共同企業体(JV)の力を借りれば施工できたのか。
こうした客観的な事情から、それぞれの会社に工事を現実に供給できる能力があったのかを確かめる必要があります。
単に『4社が見積手続に参加していた』というだけでも十分ではありません。反対に、『この会社はあまり受注したがっていなかった』というだけで、施工能力そのものがなかったことにもなりません。
『受注したかったか』と『受注できたか』は、別の問題なのです。
この整理は、最高裁決定・理由4と渡辺惠理子裁判官の補足意見、東京高裁判決の検討を踏まえた学習上の問いです。発注者の期待だけで競争の存在を決めるものではありません。
裁判所はどう考えた?
東京高裁――施工可能性だけでなく、発注の実態も検討
東京高裁は、各社の技術力や施工体制、過去の施工実績、事前の技術的検討の状況などを詳しく検討しました。
その上で、事前検討を担当していなかった会社も含め、複数の会社が本件工事を施工できる状態にあったと判断しました。
また、発注者が最初から特定の会社への発注を決めていたのではなく、技術提案や価格を比較しながら受注者を選ぼうとしていたことも検討しています。
そして、指名された企業が受注予定者や価格を調整したことによって、本来であれば各社が独立して行うはずだった競争が失われ、受注者や受注価格を企業側の意思で相当程度左右できる状態が生じたと評価しました。
出典:東京高裁判決・第4の3⑶(101~145頁)、同⑷(146~149頁)。高裁判決に記載された第一審の理由と、高裁自身の検討を区別して要約しています。
最高裁――まず、客観的な『供給能力』を見る
最高裁は、この問題について、より明確な考え方を示しました。
『競争を実質的に制限した』といえるかを判断するには、まず、本件工事の内容や性質を踏まえ、各社の施工能力に関する客観的な事実から、それぞれの会社が工事を現実に供給することが可能だったかを検討すべきだとしました。
最高裁が注目したのは、4社がいずれも大手建設会社として高い技術力と人的・物的資源を備えていたこと、類似する鉄道工事や地下構造物工事の施工経験を有していたこと、他の工区で用いる技術を応用できたこと、専門業者やJVの技術・人員なども活用できたことです。
さらに重要だったのが、発注前に技術的な検討を担当していなかった会社が、実際には本件工事の重要な部分を受注し、施工していたという事実でした。
こうした事情から最高裁は、4社それぞれに、本件工事を現実に供給できる能力があったと判断しました。しかも、それぞれが、他社が自らの意思で取引条件を決めようとすることを牽制できるだけの施工能力を備えていたと評価しています。
そのような状況で受注予定者や価格について情報交換・調整を行えば、競争が機能するための前提そのものが失われます。
最高裁は、受注者や受注価格を4社の意思である程度自由に左右できる状態が生じたとして、『競争の実質的制限』に当たると判断しました。
出典:最高裁決定・理由4(6~7頁)。
なぜこの事件が面白い?
この事件の面白さは、『談合があったか』という問題のさらに一歩手前にあります。
『競争を実質的に制限した』といえるためには、そもそも制限されるべき『競争』が存在していなければならない。
では、その『競争』は、どうやって見つければよいのでしょうか。
実際に値下げ合戦が起きていることだけが競争ではありません。複数の企業が、互いの存在を意識しながら、それぞれ独立して価格や取引条件を決めざるを得ない状態も、競争が働いている一つの姿です。
反対に、見積手続に何社も名前を連ねているという形式だけで、競争があるともいえません。
重要なのは、受注調整がなければ、複数の企業が実際に仕事を引き受けることができ、互いの行動を牽制し得る関係にあったのかということです。
この最高裁決定は、『競争』を、目に見える値下げや受注結果だけからではなく、企業が独立して行動し、互いを牽制し得る客観的な条件から考えることの重要性を示しています。
考えてみよう
Q1
実際に価格競争が起きていなくても、複数の会社が工事を現実に引き受けることができ、それぞれが独立して条件を決める可能性があれば、そこに『競争』は存在するといえるでしょうか。
Q2
『この工事を受注したくない』ということと、『この工事を受注する能力がない』ということは、同じでしょうか。
Q3
反対に、発注者が『競争してほしい』と考えていても、実際に工事を施工できる会社が一社しかなかったとしたら、競争は存在するといえるでしょうか。
結論を急がず、『誰が参加していたか』ではなく、『誰が現実に供給できたのか』を示す事実から考えてみましょう。
一次資料
- 最高裁判所第三小法廷 2026年9月14日決定(PDF)令和5年(あ)第395号
法廷意見1~7頁、渡辺惠理子裁判官の補足意見8~10頁。 - 東京高等裁判所 2023年3月2日判決(PDF)令和3年(う)第784号
競争性についての高裁の検討101~145頁、競争の実質的制限について146~149頁。
本記事は、出典欄の裁判資料をもとに作成しています。PDFは提供された一次資料を改変せず収録しています。頁数は各資料の頁番号によります。