何が起きた?
『TRIPP TRAPP』は、ストッケ社が製造・販売する子供用の椅子です。2本の脚の間に座面板と足置板を配置した、特徴的な形をしています。
ストッケ社などは、この椅子が著作権法によって保護される『著作物』に当たり、他社による製品の製造・販売などが、その権利を侵害すると主張して損害賠償などを求めました。
そこで問題になったのが、日常生活で使われ、同じ形のものが大量に製造される椅子のデザインも、『美術の著作物』になり得るのかということでした。
最高裁は、本件の椅子については著作物に当たらないと判断し、上告を棄却しました。
ただし、これは『実用品だから著作権では一切保護されない』という判断ではありません。
出典:最高裁判決・理由1、2(1頁)、理由4⑶、5(3~4頁)。椅子の写真・形状は判決別紙(8~9頁)で確認できます。
実用品でも著作物になれる?
著作権法は、『思想又は感情を創作的に表現したもの』で、文芸・学術・美術・音楽の範囲に属するものを『著作物』としています。
では、創意工夫を凝らした椅子の形も、創作的な表現でさえあれば著作物になるのでしょうか。
最高裁は、そう単純には考えませんでした。
椅子や家具、日用品などの量産される実用品については、そのデザインを保護するために『意匠法』という別の制度があります。
意匠権は、出願・審査・登録という手続を経て発生し、存続期間も法律で定められています。一方、著作権は原則として創作した時点で発生し、登録を必要とせず、保護期間も大きく異なります。
そのため、実用品のデザインについて、単に創作的であるというだけで広く著作権の保護を認めてしまうと、意匠法と著作権法との役割分担が崩れるおそれがあると最高裁は考えました。
しかし最高裁は、量産される実用品であることだけを理由に、著作権による保護をすべて否定したわけでもありません。
機能から生まれた構成とは別に、思想や感情の創作的な表現として捉えることのできる部分があれば、『美術の著作物』として保護される余地がある。
これが、最高裁が示した基本的な考え方です。
『機能』と『表現』を、どう分ける?
椅子には、座るための座面が必要です。人の身体を支えるための脚も必要です。
こうした形は、まず『椅子として使う』という機能との関係で決まります。
それでは、その形のどこまでが機能のための構成で、どこからがそれとは別の創作的な表現なのでしょうか。
ここで最高裁が『観念上』と表現しているのは、実際に部品を取り外せるかという物理的な問題だけではありません。頭の中で見たときに、実用品としての機能から生じた形とは別の表現として捉えられるか、という問題です。
例えば、実用品の表面に絵画や彫刻のような装飾が加えられている場合は、その装飾を実用品の機能とは別の表現として捉えやすいでしょう。
また、物の形そのものが機能と関係していても、その全体や一部分を、機能に由来する構成とは別の彫刻などとして捉えることができる場合もあり得ると最高裁は説明しています。
したがって、
『機能と関係する形なら著作権で守られない』
と単純に考えることも、
『デザイナーが自由に形を選んだのだから著作物である』
と考えることもできません。
出典:最高裁判決・理由4⑵(3頁)。「観念上」の説明は、初学者向けの読み解きです。
では、TRIPP TRAPPは?
TRIPP TRAPPには、約66度の略L字型の2本の脚があり、その間に座面板と足置板が配置されています。
ストッケ社側は、こうした特徴的な形に創作性があると主張しました。
しかし最高裁は、その形が美感を生じさせる事情であるとしても、それは子供用椅子としての機能に由来する構成の配置に関するものだと考えました。
そして、本件椅子の全体または部分について、椅子としての機能に由来する構成とは別に、創作的な表現として捉えることはできないとして、著作物性を否定しました。
出典:最高裁判決・理由4⑶(3~4頁)。
なぜ『意匠法』が出てくる?
『著作権の事件なのに、なぜ意匠法の話が出てくるの?』
ここが、この最高裁判決のとても興味深いところです。
意匠法と著作権法では、権利の生まれ方も、保護の仕組みも、保護される期間も違います。
意匠法
原則として出願・審査・登録を経て意匠権が発生します。登録意匠と、それに類似する意匠の業としての実施について権利が及び、存続期間は原則として出願の日から25年です。
著作権法
著作物を創作すれば、原則として登録をしなくても著作権が発生します。著作権の保護期間は、原則として著作者の死後70年までで、著作者人格権も認められています。
もし量産実用品の形を広く著作権で保護すると、意匠登録をしなくても、意匠権とは異なる、長期間にわたる保護を受けられる可能性があります。
最高裁は、それによって意匠法の存在意義が損なわれたり、意匠権の存続期間が終わった後も、長期間にわたってその形を自由に利用できなくなったりするおそれを指摘しました。
つまり最高裁は、目の前の椅子だけを見るのではなく、日本の知的財産法全体の中で、意匠法と著作権法をどのように役割分担させるのかという視点から判断しているのです。
なお、本件椅子が著作物ではないということと、あらゆる知的財産法上の保護が否定されることは同じではありません。意匠法や不正競争防止法などでは、それぞれ別の要件に基づいて保護の有無を考える必要があります。
出典:最高裁判決・理由4⑴(2~3頁)。上の比較は判決が挙げた原則の要約です。
なぜこの事件が面白い?
私たちの身の回りにある家具、家電、食器、文房具などには、ほとんど必ずデザインがあります。
では、デザインに創作的な工夫があれば、そのすべてを著作権で長期間保護するべきなのでしょうか。
保護を広く認めれば、優れたデザインを生み出した人の創作を守ることができます。
しかし一方で、日用品の形が長期間にわたって広く独占されれば、後に製品を作る人が利用できる形や構成が狭くなっていく可能性もあります。
この事件が面白いのは、『創作的かどうか』だけで著作権の有無を決めるのではなく、意匠法という別の制度との関係まで考えて、どこまで著作権で守るべきかを最高裁が検討したことです。
知的財産法では、『守るか、守らないか』の二択だけではありません。
何を、どの法律で、どの条件の下で、どのくらいの期間守るのか。
その線引きそのものが、知的財産制度の重要な問題なのです。
なお、この事件で最高裁が判断したのは著作権法上の著作物性です。独占禁止法違反の有無を判断した事件ではありません。
考えてみよう
Q1
同じ椅子でも、座るために必要な形と、それとは別の『表現』を、どのように区別できるでしょうか。
Q2
デザイナーが多くの選択肢の中から特徴的な形を選んだというだけで、その形を著作権で保護してよいでしょうか。
Q3
量産品のデザインを著作権で長期間保護することには、創作者にとってどのような利点があり、後から製品を作る人にとってどのような影響があるでしょうか。
まず『創作的か』だけを見るのではなく、その形が機能とどのように結び付いているのか、そして著作権法以外にどのような保護制度が用意されているのかまで考えてみましょう。
一次資料
- 最高裁判所第二小法廷 2026年4月24日判決(PDF)令和7年(受)第356号
法廷意見1~4頁、尾島明裁判官の補足意見4~7頁、製品目録8~9頁。
本記事は、出典欄の裁判資料をもとに作成しています。PDFは提供された一次資料を改変せず収録しています。頁数は各資料の頁番号によります。